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あなたは、自分がカッコイイと思える生き方をしているでしょうか。
トレーニング歴50余年。極トレが"トレーニングの達人"として敬意を抱く登坂勉さんは、現在、東京は御徒町の知る人ぞ知る「トレーニングセンターサンプレイ」でびっしりとトレーニングを続けています。
第一回目は、登坂さんがウエイトトレーニングにのめり込んだきっかけと、ボディビルコンテストに出場するようになったいきさつについてお話を聞きました。
最初はひたすらベンチプレスだけをやった
――-ウエイトトレーニングを始めたきっかけを教えてください。
「家が商売をやっていて、それを手伝うために高校を途中でやめたんです。そんな20歳ちょっと前のころ、自宅から歩いて3分くらいのところに神田のYMCA(注:東京YMCAウエルネスセンター。2003年惜しまれつつ閉館)があったので、入ってみたんです。一生懸命始めたわけではなくてね」
――当時は、トレーニングできる場所はそんなになかったのではないでしょうか。
「そうですね。ボディビルダーは、当時いなかったしね。しばらくたってからウエイトリフティングの三宅さんや大石さん(いずれもメキシコ五輪メダリスト)など、重量挙げの選手が来るようになりました」
――具体的には、どんなトレーニングをしていたのでしょうか。
「実は僕、ベンチプレスしかやらなかったんですよ。それだけやって、おしゃべりして、終わったら近所の居酒屋に行って、という感じで。トレーニングといっても、肩とか、背中だとかを部分的に鍛えたり、本格的にやっていたわけではないんですよ」
けしかけられて出場したコンテスト
コンテストでの登坂さん。堂々たる大胸筋だ
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――それでは、どういういきさつでボディビルのコンテストに出場することになったのですか。
「40歳近くになった時、若い連中が大会に出るっていうんで、応援するために初めてコンテストに行ったんですよ。それでそういう世界を知ったんです。
それから46歳くらいのときかな、東京でシニアの大会ができたので出てみようかと。周りにのせられてね(笑)。最初の年は2位だったんです。次の年からは優勝したけどね」
――でも、周りの仲間にけしかけられて、すぐにコンテストに出場できたということは、体は相当できあがっていたんですよね。
「そうですね…。今から考えればベンチプレスは100kgからスタートして140kg以上挙げていたからね、毎日。胸は強かったですね」
――コンテストにデビューしてからは、かなりボディビル的なトレーニングに変えていったんですか?
「まあ、前に比べればね。ただ、仕事が忙しくなったこともあり、夜10時頃しかトレーニングに行けなくなった。毎日10時から12時半ごろまでやるという感じで。2年前に仕事をリタイアしたおかげで、好きな時間にトレーニングできてるいるし、今が一番いい状態です」
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